婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「医者としてはそうかも知れない。でも私の恋人としては失格よ。一緒にアフリカに……なんて、無理だもの」

 莉子の声はかすかに震えていた。それだけで、彼女が今も元恋人を想っていることは十分に伝わってきた。

「強い女を気取ってても、結局私は世間知らずのお嬢様なのよね。フレンチレストランもショッピングセンターもないような街ではきっと暮らしていけない」

 紅はなにも言えなかった。愛しているなら大丈夫だなんて、軽々しいことは言えない。日本人がビジネスで行くような生活水準の地ではないのだろう。紛争や銃や疫病がリアルに存在する世界に、愛だけで飛び込んでいけると思えるほどの勇気は紅にもない。

「ま、いいの。幸い仕事は好きだしね。しばらくは仕事に生きるわ。……宗介にはあなたから謝っておいて。幸せに水を差してごめんって」

 紅が頷くのと同時に、部屋の扉が開いた。戻ってこない紅を探しにきた宗介だった。
< 148 / 160 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop