婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「これ、うまいな。隠し味は……柚子?」
「正解! 柚子がなかなか売ってなくて、スーパーをはしごしちゃったよ」

 紅は楽しそうに今夜の献立をひとつひとつ解説してくれる。彼女と過ごす、この幸せな時間を失うなんて……宗介には耐えられないことだった。

「ごちそうさま。片付けは俺がやるよ」
「大丈夫だよ、気にしないで休んでて」
「作ってもらったんだから、このくらい当然だよ」

 食べ終わった皿を、紅と宗介で取り合う形になった。そのとき、紅の足が宗介の仕事用のカバンにあたり中身がこぼれた。

「わぁ、ごめん。蹴っちゃった」

 紅は慌ててカバンからこぼれた書類を集める。そのうちのひとつに、紅は目を留めた。

「これ……宗くん?」

 紅が手にしていたのは、今日モモのマネージャーからもらった発売前のプライスの記事コピーだった。内容を確認してくれと渡されたのだが、とばしの熱愛記事にありがちな裏取りのない憶測だけで構成された陳腐な内容で、是も否もないものだった。
 写真のほうも、モモはばっちりカメラ目線だが宗介はほとんど顔がうつっていない。

「あぁ、こないだ話したアレだよ。こちらも宣伝になるってことで掲載を了承した」
「撮られた相手って、立花モモだったんだ……」
「あれ、言ってなかったけ? アプリのキャンペーンモデルを彼女に頼んでるんだ。これはまだリリース前だから内緒にしておいてね」
「う、うん。それはもちろん」
「紅? どうかした?」

 紅の様子が少し変だった。記事に気分を悪くしたのだろうか。
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