君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
 季節は流れ、夏。
 私は、まだ遼一さんの秘書をしている。

 既に遼一さんのマンションに引越し、2人暮らしをスタートさせたが、結婚式はお父様の強いご要望で、城ヶ崎ホテルで盛大に取り行うことになっている。
 ドレスも何もかも特注、様々なゲストをお呼びするので、準備期間を長めにして、式の日取りは秋の予定だ。入籍の時期は未定だが、恐らく結婚式に合わせてするのだろう。

 ご両親とご挨拶する際、きっと反対されると思っていたが、意外にも快諾してくださった。

『遼一ったら、2年前からずっと元気がなくてね。貴女と離れ離れだったからなのね』

『遼一が選んだ女性だ。それに我が社の社員なら、すでに私が良いと選んだ方なのだから、問題はない。幸せになりなさい』

 高林部長からご両親に事情を説明されていたらしく、私のことも優しく気にかけてくださった。そのお義父様のお望みだ、結婚の準備が大変でも、頑張れる。

 結婚しても秘書を続けていいと遼一さんは言ってくれたけれど、公私混同してしまいそう。だけどそんな悩みさえも、私は幸せに感じながら日々暮らしていた。



 専務の役員部屋に入ると、遼一さんが不貞腐れた顔をしていた。

「専務? いかがいたしましたか?」

 業務中はきちんと秘書として対応しようと試みているが、遼一さんは隙あらばキスやスキンシップを取りたがる。
 だが今日は、プイッとそっぽを向いた。珍しい反応にドキッとする。

「り、遼一さん? どうしたの?」

 私の方から私生活の呼び方に戻してみたが、やはり不貞腐れた顔は崩さない。

「──楓。取引先の常務から、楓直筆の暑中見舞いが届いたって言われたぞ」
「えっ! 何か失敗だったでしょうか?」
「馬鹿者! 先方は大喜びに決まってるだろ!! 楓の手紙だぞ!」
「ん?」

 暑中見舞いの葉書は毎年各取引先に送る。手書きの方が気持ちが伝わると思い、手書きで送っているのだが、まずかったのだろうか。お中元として物品をやり取りするのはお互いに負担となることもあり、近年はみなさん葉書で済ましているはずだが……。
 喜ばれているのなら良かったのではないかと思うのだけれど……。
 彼が不貞腐れる理由が分からず、首をかしげる。

「……俺はお前から直筆の手紙なんてもらったことない!」
「ええ!? そこですか?」

 可愛い嫉妬に驚いた。
 遼一さんはあれから時々、こうした小さな嫉妬や我儘を隠さず言葉にするようになった。
 年上の完璧な男性だと思っていたが、子どもみたいな感情を抱くこともあると知って、私はかなり嬉しく感じている。

 遼一さんの嫉妬にクスクス笑っていると、「……もういい!!」と私を抱き締め始めた。

「楓を早く俺のものにしたい」
「もう遼一さんだけのものですけど?」
「城ヶ崎楓にしてしまいたい。婚約指輪は手紙じゃ見えない」
「ふふっ。専務のお名前で発送しましたから、私の名前は書いていませんよ?」

 遼一さんは、不貞腐れながら、「直筆の手紙、俺も、ほしい」と本音を零す。

「……うん。じゃあ今度書くから楽しみにしててね」

 私は照れながら、彼の頬にキスをした。
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