耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
***


五人分のコーヒーを六人掛けのダイニングテーブルに並べ、一番手前の席に腰を下ろす。
そのタイミングで、高柳が口火を切った。

「連絡も入れず、いきなり押しかけてすまない」

「いや、それは別にかまわない…が———」

玄関で初めて顔を合わせたその人(・・・)と軽い挨拶を交わした後、怜はひとまず彼らを家の中に招き入れた。玄関先で済ませられるような用件ではないと分かっていたからだ。

ダイニングテーブルの椅子を彼らに勧め、美寧にも座るように言うと、キッチンに飲み物を準備しに行く。
五つのコーヒーを乗せたトレーを持って戻ってきた怜の目に、キッチンに行く前とほとんど変わらない光景が映った。

向かい合うように座った()と美寧。美寧は俯いたまま顔を上げない。
《《彼》》の隣に、いつもと変わらない表情をした高柳。そしてその高柳の隣には、もの言いたげな顔の久住涼香が座っている。


「彼は俺の大学時代の後輩で、海外勤務が終わって日本に戻ってきたばかりなんだ」

「そうか……」

「大学の後輩ではあるが、今は上司でもある。……その彼に頼まれて、今日はここに案内してきた」

「………」

怜は無言で頷く。
“《《後輩》》で《《上司》》”の彼を、高柳がここまで連れて来た理由―――敢えて訊かずとも、怜にはそれが分かっていた。

()が用があるのは自分ではなく———


藤波家(ここ)に来てからずっと、()の視線は一点に注がれ続けている。高柳と怜が話している間も、俯いたままの彼女から片時も視線を外さない。

美寧を見つめるその瞳は、はしばみ色——日本人にしては珍しいくらい明るい茶色。
くっきりとした二重の瞳は目尻にかけて下がり、右下にある “泣きぼくろ”が印象的。

ゆるく波打つ薄い茶色い髪を整髪剤で後ろに流し、仕立ての良いスリーピースに無駄な皺を入れることなく椅子に腰かけるノーブルな佇まい。

怜はそんな彼から、自分の隣に座る美寧に視線を移した。

彼女はずっと俯き黙ったまま―――目の前の《《彼》》どころか、こちらを見ることもない。
テーブルの下の膝の上に置かれた手は、固く握りしめられている。

テーブルの上には客人から手土産として渡されたマカロンと家にあった焼き菓子を盛り付けた皿があるが、誰も手をつける気配はない。

固く緊迫した空気の中、怜は自分の前に置いてある小さな四角い紙を目でなぞった。

【 Tohmaグループホールディングス株式会社 CMO 当麻聡臣 —Tohma Akiomi― 】

さっき交換したばかりの名刺には、そう書かれていた。


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