耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー


「美寧———」

沈黙の中、静かなテノールが響いた。

ピクリと小さく肩を揺らした美寧。呼ばれているのに顔を上げられない。膝の上で深くなるスカートの皺ばかりが目に映る。
幼い時からあんなに大好きだったその声が、今はひどく耳に苦い。

すると突然、その人が勢いよく頭を下げた。

「美寧、悪かった———」

驚いた美寧が顔を上げる。けれど今度は彼が顔を下げたまま。

「父さんがおまえの見合いを勝手に進めようとしていたなんて……美寧が家に戻ってきてからまだ一年も経たなかったのに………知らなかったとはいえ、守ってやれなくて……」

「っ、」

祖父(じい)さんを亡くしてつらい思いをしているおまえを、ずっと独りにして……寂しい思いをさせて悪かった……」

「お兄さま………顔を上げて?」

聡臣がゆっくりと顔を上げる。
二人の視線が、今、初めて交わった。

「お兄さまが謝ることなんてない……」

「いや、でも……、」

「ううん………お兄さまには、お父さまのことを助ける大事なお仕事があるんだもの。それでお留守にされていただだけ……お兄さまが悪いところなんて何もないの」

小さく(かぶり)をふった美寧に、聡臣がほっと肩を撫でおろす。

「ありがとう、美寧……」

「お兄さま……」

優しげな垂れ目を細め微笑んだ兄に、美寧も笑顔になる。
二人の間にあった空気が、張りつめたものから和やかなものに変わる。それと同時に、テーブルを囲む一同の空気もゆるんだ。

「でもどうしてここが………?」

今月海外から戻ってきたばかりの兄に、どうしてこんなにすぐに自分の居場所がわかったのだろう。美寧は首を(かし)げる。
その答えは思いも寄らぬところから返ってきた。

「それは俺が当麻CMOに訊いたからだ」

兄の隣に視線を移すと、高柳と目が合った。

「『あなたの妹は今どうしているのか』と———」

「え、」
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