耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[1]


ピシリ———
美寧の胸の内側で音が鳴った。それはガラスにヒビが入る時の音に似ていた。

自分が好きな相手と一緒にいることは、そんなに『無理な』ことなのか。
父の望む相手と結婚する以外に、自分に選択肢はないのか。
父は美寧に、「心を殺せ」と言っているのだろうか———

大粒の涙が瞳いっぱいに盛り上がる。
今にもそれがこぼれ落ちそうになった時、父はゆっくりと首を左右にふった。

「『お父さまのご了承がなくてもかまわない。私のことはもう娘と思わないで』か———。本当に、そんなところまで清香(さやか)にそっくりだなんてな」

「え、」

戸惑う美寧を愛おしそうに見る総一郎。彼はどこか懐かしそうに語り始めた。

「清香が言った言葉だ。義父のところに、一緒に結婚の許しを貰いに行った時に」

「お母さまも同じことを………」

「ああ。清香は普段は控えめなのに、いざとなったら大胆で。そのくせ意外と頑固なところもあってな。一度言い出したら聞かなかったんだ………けれどそんな彼女が、私はとても愛おしかった」

微苦笑を浮かべた父の、垂れた目元に深い皺が寄っている。その深さはまるで愛情の深さのようで———

美寧は少し混乱していた。

生まれて初めて父に反抗するようなことを言ったのに、父から返ってきたのは母との思い出話。
父の口から聞く母の話もとても気になる。けれど今はそれよりもっと大事なことがある。
美寧は焦った声を上げた。

「お父さまっ、私の話をちゃんと聞いてくださいっ!」

必死にそう言い募った娘に、総一郎はさっきよりも深い溜め息をついた。
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