耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
薄く灰色がかった紫色の芯をぼうっと見つめていた時、庭の向こう側、ちょうど門の辺りから誰かの足音が近づいてきた。

顔を上げてそちらを見る。
門から玄関まで延びるアプローチと庭の間に植えられた樹木の隙間から、来訪者の姿が見えた。

「花江(はなえ)さん」

思わず名前を口に出すと、呼ばれた声に反応して、その人が美寧の方を向いた。

「あら、美寧ちゃん。こんにちは」

花江、と呼ばれた女性は、植え木が途切れている玄関前から庭の方へ入ってきた。

「こんにちは、花江さん。何か御用ですか?れいちゃん、呼びましょうか?」

「いや、かまへんわ。怜君も忙しいんやろ?急ぎとちゃうし」

藤波家の裏に住む三上(みかみ)家の奥さんで、年は美寧の父よりも少し上だろう。関西から嫁いできたという彼女は、ここに住んで四十年近く経った今もなお、柔らかなお国言葉を話す。

怜の父母が生きていた頃からご近所付き合いがあったようで、生まれた時から怜のことを知っている彼女は、彼のことを “君”付けで呼ぶ。

彼女と話していると、美寧はいつも祖父の家に通いで来ていた家政婦の有村歌寿子(ありむら かずこ)を思い出す。同じくらいの年代のせいもあるけれど、話す言葉や雰囲気が少し似ているのだ。

「今日はこれ。回覧板とお裾分けだけやから」

花江が手に持っていたビニール袋の中を開いて見せる。それを覗き込んだ美寧は一瞬で瞳を輝かせた。

「わっ!すごい立派なカリン!」

「あら?良う知っとったわね、これがカリンの実やて」

「はい。祖父の家の庭に樹があったんです」

「そうやったん。これ、親戚から沢山送られて来たさかいお裾分けね。怜君にはちみつ漬けにしてもろたらええわ。風邪の時にお湯割りにして飲むとええんよ」

「ありがとうございます!れいちゃんに伝えますね」

「ええ。あ、そうそう!回覧板にもあるけど、最近不審者多いらしいさかい、気ぃ付けときよ」

「不審者、ですか?」

「そや。商店街やら公園やら、今時分やら春やらは、けったいな人がうろついたりすんねんな。あんたみたいな若おて可愛い子は特に気ぃ付けなね」

「え、っと……はい」

『若い』は確かにそうだけど『可愛い』という言葉をすんなりと受け取れなくて、美寧は返事にまごついたが、ひとまず素直に頷いた。


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