耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[1]


怜が大学(しごと)を早めに切り上げ帰宅した平日最後(きんよう)の夜。
夕飯やお風呂などのルーティンを終わらせ、恒例のティータイムになった時だった。美寧があるもの(・・・・)を差し出したのは。

「れいちゃん、これ―――」

おずおずと彼女が差し出した薄い箱。それが何なのかは、今日の日付からすぐに察しがついた。

「俺にですか?」

頬を染めた美寧が頷くのにあわせて、緩やかに波打つ髪がふわりと揺れる。
少し前に自分がドライヤーで乾かした時の感触を思い出し、無意識に髪を一度撫でてから、怜は差し出されたものを手に取った。

「開けても?」と訊くと、美寧がもう一度頷く。
怜は、赤いリボンで飾られたクリーム色の蓋をそっと開いた。

「―――生チョコレート、ですか?」

「うん」

二人が座るソファーの前にはコーヒーが湯気立てている。
いつもはカフェインレスのハーブティのことが多いのに、今夜は珍しく美寧が『コーヒーでもいい?』と訊いてきた理由が分かった。

「今日はバレンタインだから……」

「ミネが作ったのですか?」

「うん……上手(うま)く出来たかどうか分からないんだけど……」

いつの間に―――と疑問にも思ったが、怜の手元をのぞき込んでくる贈り主の顔があまりにも真剣で、早く「美味しい」と言って安心させてあげたくなる。

「ありがとうございます。さっそく頂いても良いですか?」と訊くと、「もちろん!」という勢いの良い声が返ってきた。

開いた右手とちょうど同じサイズの箱から、小さな四角をひとつ、そっと取る。隣から食い入るように見つめてくる視線を感じながら、怜はそれを口に運んだ。

最初に感じたのは、周りに振りかけてあったココアパウダー。苦みと香りが一気に口の中に広がった。

溶け出したチョコレートのとろりとした食感―――と同時に、カカオの風味とは違うものが口の中に広がっていく。

「ど…どうかな……?」

おそるおそる、という様子でこちらを伺う美寧。大きな丸い瞳でこちらを見上げてくる様子が堪らなく可愛くて、自然と顔がゆるんでしまう。「とても美味しいです」と言うと、彼女の顔がみるみるほころんだ。

「よかった~!初めて作ったからちゃんと出来たか不安だったの……」

「……初めてとは思えないくらい美味しいですよ?ありがとうございます」

手作りのチョコレートを最後に食べたのは、いったいいつだったろうか。
これまで付き合ってきた相手からそれを貰った記憶はない。百貨店で売られている有名店のものがほとんどだった気がする。

怜の脳裏に、手やエプロンにチョコレートをつけながら美寧が一生懸命にチョコ作りをする様子が浮かび上がり、愛しさが込み上げる。体の奥がじわりと温かくなっていく。
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