耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
(あとは……そうだ)

『健康保険証はあるかしら?』と涼香が訊くと、小さく『はい』と言った美寧がショルダーポーチの中から一枚のカードを取り出し、涼香に差し出した。

『お薬を出す関係があるし、念のため保険証の番号を控えさせてもらうわね』

受け取ったカードに視線を落とす。
涼香の視線がカードと問診票を往復する。ペンを握った手がピタリと止まった。

杵島(きじま)……美寧さん?』

涼香の言葉に、美寧がハッと息を呑んだ。もともと悪い顔色がどんどん悪くなっていく。
瞳にみるみる水膜が張り、顔が今にも泣きそうなほどに歪められた。

『………美寧ちゃん、とお呼びしても良いかしら?』

『え?』

『今は、栄養と睡眠をきちんと取って元気になることだけ考えてください。胃腸の調子が良くないようですので、お薬を出しておきますね。毎食後(・・・)、きちんと飲んでくださいね』

『…………』

潤んだ瞳を見開いて固まる美寧の手の甲を、涼香はそっと優しく上から撫でた。

『主治医は患者のことを一番に考えるものなのよ?ちゃんと言うことを聞いてちょうだい。ね?』

意思の強そうな瞳を柔らかく細めて微笑んだ涼香に、美寧は黙って頷いたのだった。



「涼ちゃん……?」

黙り込んだ涼香は夫の伺うような声に顔を向けた。

「だからってお節介のし過ぎは良くないわよね……二人を応援したくて、つい気持ちが入り過ぎちゃたって、これでも後からずいぶん反省したのよ?」

苦い顔で笑う涼香の手を、航はポンポンと軽く撫でる。

「きっと涼ちゃんの『二人に幸せになって欲しい』って気持ち、通じてると思うよ?」

「そう、かしら……」

「ほら、そんな顔しないで。涼ちゃんの座右の銘は、“七転び八起き”でしょ?」

「………ふふっ、そうね。ありがと、航」

前を見たままそう言った涼香の頬に、素早く航が唇を押し当てた。

目を見張らった涼香の視界の端に、信号機の赤いランプが光っていた。






【第二話 了】 第三話につづく。
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