耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー

「いらっしゃいませ———あ、奥さん!」

「こんにちは、美寧ちゃん」

店に入ってきたのは、奥さんだった。
美寧に向かってにっこりと微笑んだ彼女は、カウンターの中のマスターに一瞬だけ微笑むと、美寧が立っている隣のスツールに腰を下ろした。

「あら?今日はなんだかちょっと雰囲気が違うわね」

「あっ、その…」

「そうなんだよ、わしらも今ちょうどその話をしていてな」

「そうそう。いつも可愛いらしいが、今日はいつにも増してべっぴんさんだなってな」

奥さんが座る場所と美寧を挟んで反対側。カウンターに並んで座る常連客の柴田と田中が口々に言う。

「マスターもそう思うだろう?」

田中に突然話を振られたマスターは、一瞬動きを止めた後、「あ、ああ……」と頷いた。

なぜか少しぎこちない返事のマスターを見て、奥さんは「ふふっ」と笑ってから美寧を見た。

「素敵な色のリップね。良く似合ってるわ」

「あ、ありがとうございます!」

美寧は頬を染めて、はにかみながらお礼を言った。
男性陣からは具体的に『どこがどういう風にいつもと違うのか』気付かれなかったが、奥さんはちゃんとそこに気付いてくれたようだ。


今日は家を出る前に、デパートのコスメカウンターでBAに見立てて貰ったリップを塗ってきた。

使い勝手がいいと涼香が絶賛していたBBクリームは今日は塗っていないけれど、日焼け止めの上からフェイスパウダーははたいてきた。神原がおすすめしてくれたそれは、着け心地が軽くて初心者の美寧には嬉しい。少し乗せただけで肌が艶やかになって、血色も良く見える気がした。

華やかで綺麗なのにとても親しみやすい雰囲気を持った神原にあれこれと化粧のコツをレクチャーしてもらい、涼香に『淑女(レディ)のたしなみ』を教えてもらって、少しは自分も大人の女性の仲間入りが出来たような気がする。

『こんなに魅力的に変身された女の子を放っておく男性がいるとは思えません!』


美寧の頭に、神原の言葉と見惚れるほど綺麗な微笑みが過った時。
入り口のカウベルが再び音を立てた。

「いらっしゃいま、」

振り返りながら、言いかけた言葉が途中で止まる。
入り口から入ってきた人物に、美寧は目を丸くして動きを止めた。





【第三話 了】 第四話につづく。
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