偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う
「他の茶碗ならまだしも、よりにもよってあの茶碗。
国宝級なんてそうそう簡単に準備なんかできないわよ」

件の茶碗は昔、某大名家が所有していたという高麗茶碗だ。
しかも徳川何某が献上するように求めたが、切腹と引き換えに断ったとかいう謂れがついているほどの名器。

「そう、ですね……」

確認した時間はすでに、濃茶の点前がはじまっている。
亭主である家元には相談できない。
代わりをこちらでなんとかするしかないのだ。
近くの美術館に同程度の茶碗が展示してあるのは知っているが、まさか貸してくださいなんて言えるわけがない。
他に借りられそうなところ……。

「下の、『藤懸屋(ふじかけ)』さんが店頭に飾っている茶碗を借りられないか交渉してきます。
あれなら、十分代わりになりますから。
あと、お願いします!」

藤懸屋に飾ってあるあの茶碗は、美術館からも声がかかったほどの名品だと以前、店長が自慢していた。
それならば割れた茶碗と遜色はないはず。
善は急げとばかりに、なにか言いたそうな彼女を残して足を踏み出す。

「おっと」

「す、すみません!」
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