偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う
部屋を出たところで、男の人にぶつかりそうになった。

「急いでますので、すみません!」

あたまを下げるだけして、走りだす。
いっそのこと、着物の裾をからげてしまいたいが……さすがに、それは。
着物姿でエスカレーターを駆け下りていく私を、周りは何事かと見ているが、そんなこと気にする暇などない。

「す、すみません!
店長さん、いらっしゃいますか!?」

目的の店に飛び込んだら、すぐに店長……ではなく、本社の若社長が出てきた。

「これは咲乃さん。
本日のお菓子になにか不備でも?」

藤懸屋さんには茶会で使うお菓子を卸してもらっている。
この心配は当然だ。

「いえ。
本日のお菓子も大変素晴らしく、ありがとうございます」

「では、他になにか問題でも?」

「その、あの茶碗を貸していただけないでしょうか?」
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