オフィスラブはじまってました




 土曜日、ひなとは眼鏡屋さんに行く前に、柚月の実家に行くことになった。

 肉を取りにだ。

 夜、入野と一緒に庭で焼くことになっている。

 大きな門をくぐり、玄関に向かう途中、柚月の視線は広い庭の一点を向いていた。

 その視線の先には、素敵なリゾート風ガーデンには不似合いな、少し錆びた小さな椅子が置かれているようだった。

 子どもが座るキャラクターものの椅子のようだ。

「ちっちゃいお子さんがいらっしゃるんですか?」
とひなとが問うと、柚月はちょっと顔をしかめて言ってくる。

「いや、俺が座ってたやつなんだが。
 ……子どもの頃、お気に入りだから、捨てないでくれと泣いたらしくて、今でもあるんだ」

 捨てても、もう泣かないんだがな、と柚月は椅子を見つめたまま呟いたあとで、何故か、

「行ってみるか」
とふと思いついたように言ってきた。

 えっ?
 何故ですか?

 そう思いながらも、初夏の庭があまりに美しかったので、ひなとは黙って柚月について行ってしまった。
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