蒼き臨界のストルジア
 
『ある程度の()れはこれが軽減(けいげん)してくれるけど』

そう言って天井を見上げる彼女。

座席はブランコのように取り付けられた鉄の板で、
天井からぶら下がっていた。

揺れに会わせ座席はブランコの様に左右に動き、
船体の()れを緩和(かんわ)していた。


「凄いスピードだね?」


『引き潮が始まってる。
 すぐに沖合いにつく。
 シートベルト! 』


僕は言われるがままシートベルトをすると、
急に無言になった彼女の横で外の景色を(なが)めていた。


夜の海と言うのは思った以上に何も見えなかった。


船体から見える外の景色は真っ暗で、
まるで宇宙の中を(ただよ)っているみたいだ。


それは田舎の町の闇より深く、
街灯が(ほとん)ど無い田舎でも完全な闇ではないのだと
思いしる。

田舎でも町では自動販売機の(わず)かな光とか、
何かしら(わず)かでも辺りを照らすものがある。

それが海の平野には何もないのだ。

暗いのは当たり前だが、
そんな当たり前の事も僕達は忘れている。

人は闇を恐れ町から闇を消した。

文明から見捨てられ、
世間からはみ出したと感じていた親無し子の自分が、
それでも文明の中に()かっていたのだと、
しみじみと実感した。

僕は外の闇に目を()らし、
やがてその先から来るであろう災厄(さいやく)
体を(こわ)ばらせた。

闇の中、
船体を叩く波しぶきだけが不気味に響いていた。


 そして気づく。


人が闇を恐れるのは、その先から来る災厄に
身を守る(すべ)()たないからだと。

僕はその闇に我慢できず彼女にたずねていた。


「ねぇ(もぐ)るって言ってたけど、何も見えないと
 津波が間近(まぢか)に来ててもわからないんじゃない?」


こんな幼い少女にそうたずねるのは、
不安を吐露(とろ)するようでいやだったのだが
今はそんな事を言っている事態ではない。


『大丈夫。
 キーキーが教えてくれる』


そう言って装着したままのアクアボイジャーを
指差した。


「へぇ船体の中からでもイルカと(つな)がってるんだ」


『ボイジャーはイルカ語を翻訳(ほんやく)して
 会話してるけど、人に聞こえないだけで、
 会話してるのは基本的に音だから。
 音が外壁や窓を揺らし、
 それが海中に伝わり伝播(でんぱ)して話し出来る』


少女の言葉に、映画のワンシーンを思い出した。

身を(ひそ)(おび)える潜水艦の中で、
敵が発した探査電波の音だけが、
不気味にピーンピーンと聞こえているシーンを。


あれって本当だったんだ。


少女はいつの間にかお菓子の袋を取り出し
食べていた。


それはおっととか言う、動物の形に膨らませた、
風船の様に中は空洞のお菓子だった。


この|非日常(きんきゅうじたい)に対する彼女の余裕(よゆう)が、
休日、映画館で映画を見ているような、
錯覚(さっかく)をおぼえさせた。


僕の視線に気がついた彼女は、
もうひとつの袋を取り出し僕に渡した。


『食べる?』


「あっありがとう・・・ 」



僕はうわべだけのお礼を言って袋を脇に置いた。



僕にはこの未曾有(みぞう)の危機にお菓子を食べる余裕(よゆう)も、
彼女ほどの度胸もなかった。

 
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