年下ピアニストの蜜愛エチュード
「アイス、楽しみだなあ」

 今日の順はいつもよりはしゃいでいるように感じられる。もちろんアイスクリームや千晶と一緒の外出がうれしいのだろうが、そのせいだけではなかった。

 順は人の気持ちに敏感だ。千晶に元気がない時は、励まそうとしているのか口数が多くなる。

 落ち込む千晶を気遣ってくれ人は他にもいた。

 ――三嶋さん、これあげる。

 一昨日の退勤時、看護師長の田崎がアイスクリームショップの半額チケットをくれたのだ。

 いきなりだったのでとまどっていると、田崎は「私はダイエット中だから」と微笑んだ。

 ――オープン記念のチケットよ。有名なジェラートマエストロのお店なんですって。ショッピングモールに新しくできるそうだから、順くんと一緒に行ってきたら? もやもやしている時って、気晴らしが必要でしょ?

 あえてアンジェロの名前は出さなかったが、その件で励ましてくれているのは明らかだった。

 改めて田崎の心遣いに感謝しながら、千晶は順と共に列の最後尾に並んだ。

「あ、お面だ!」

 長い待ち時間を紛らわすためだろう。ショップのスタッフらしいかわいい女の子が、並んでいる子どもたちにお面を配っていた。

「やった!」

「ありがと!」

 オレンジ色のカボチャや黒猫のお面をもらって、子どもたちが歓声を上げていたが――。

「見て、ちあちゃん。あの人、大人なのにお面もらってる」

 順がおかしそうに呟いた。ひとりおいて、前に並んでいた長身の男性が白いゴーストのお面をもらっていたのだ。

「変なの! 子どもじゃないのに」

 順の声が聞こえたのか、その男性が振り向いた。

「えっ?」

 瞬間、千晶は大きく息を呑んだ。

(う……そ)

 黒いサングラスをかけていて目元は見えなかったが、そこにいたのはまぎれもなく、アンジェロ・潤・デルツィーノだったのだ。
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