年下ピアニストの蜜愛エチュード
 味気ない検査着姿でもかなりめだっていたが、私服姿のアンジェロは高級ブランドの広告から抜け出してきたかのように見えた。

 ベビーブルーのプルオーバーと細身のデニム――何気ない格好なのに、ビレッジでよく見かけるおしゃれな人たちにも負けていない……というか、むしろ完勝している。

 なにしろみんながチラチラと彼に視線を向けているのだから。

 だが千晶はすぐに目をそらした。

 健診センターの看護師のことなど、彼がいちいち覚えているわけがない。だいたい途中からは、あんなに不愛想だったのだから。

 ところが次の瞬間、信じられないことが起きた。

「……三嶋さん?」

 アンジェロが名字を呼んだのだ。

「三嶋さんですよね、メディカルプラザの?」

「えっ? あ、ああ、はい」

 反射的に返事はしたものの、千晶はそのまま固まってしまった。

(何で?)

 アンジェロはサングラスを外して、まっすぐな視線を向けてきた。やはり千晶を覚えていたらしい。しかも名字まで。

 まさか一昨日の対応がそこまで気に障ったのだろうか? まだ怒っていて、病院にクレームを入れられたらどうしよう?

「僕のこと、わかりますか?」

「はい、アンジェロ……デルツィーノさんですね」

 もはや悪い予感しかしなかったのだが――。

「ちあちゃん、お友だち?」

 アンジェロと千晶を交互に見やり、順が不思議そうに訊いてきたのだ。

 するとそれが聞こえらしく、二人の間に並んでいた老婦人が振り返った。

「あなたたち、お友だち同士なの? だったら、どうぞお先に」

「あ、い、いえ、大丈夫ですから」

「いいのよ。遠慮なさらないで。あなた、お子さんも一緒なんですもの。さあ、どうぞどうぞ」

「……どうもありがとうございます」

 親切な申し出を頑固に断るのも気が引ける。千晶はしかたなく順と共にアンジェロのすぐ後ろに移動した。
< 12 / 54 >

この作品をシェア

pagetop