年下ピアニストの蜜愛エチュード
 本当は着替えも化粧も済ませ、朝食をテーブルに並べてから順を起こしたかったが、目を覚ましてしまったものはしかたがない。

「じゃあ、一緒に歯磨きしよっか」

「うん、わかった!」

 順は笑顔で頷くと、ベッドから身軽に飛び降りた。

 二重の大きな目は姉の美雪に、形のいい鼻は義兄の昭によく似ていて、千晶は思わず唇を噛む。そうしないと、涙ぐんでしまいそうだったのだ。

 一年前の事故さえ起きなければ、順は独身の叔母ではなく、優しい両親のもとで大切に育てられていたのだから。

「どしたの、ちあちゃん?」

 なかなか動こうとしない千晶をいぶかしく思ったのか、順が首を傾げている。

「ううん、なんでもない。行こう、順」

 千晶は急いで口角を上げ、順の小さな手を握った。

 幼い甥に泣き顔は見せられないし、今は亡くなった姉たちのことを悲しむ余裕もない。

「歯磨きが終わったら、お着替えね」

「りょうかい!」

 今朝もいつものように、二人の忙しい一日が始まった。
< 2 / 54 >

この作品をシェア

pagetop