年下ピアニストの蜜愛エチュード
1 不機嫌天使の降臨
 順が通う『わかば保育園』から、千晶の職場がある複合タウン、ベリーヒルズビレッジまでは車で十五分ほどかかる。
 
 ビレッジ内にもナーサリースクールがあって、同僚の中にも子どもを預けている者がいるが、千晶は地元の小さな保育園の方が好きだった。

 それにナーサリースクールの保護者は医師や弁護士、芸能人や会社役員などが多く、小学校受験用の特別クラスもあって、保育料もかなりの額になる。

 セレブリティが集うハイエンドタウン――そんなコンセプトのもとに建設されたベリーヒルズビレッジでは、オフィスビルやホテル、ショッピングモールなどすべて最高レベルの施設が設けられており、千晶が勤める総合病院『ベリーヒルズ・メディカルプラザ』も例外ではなかった。

「あ、そうか。もう十月なのね」

 今朝もカレンダーを見たはずなのに、ビレッジに足を踏み入れた千晶は大きく目を見はった。

「さすが――」

 ベリーヒルズビレッジではその名にちなんで、各所にシンボルツリーのジューンベリーが植えられているが、そのどれにもさりげなくハロウィンのデコレーションが施されていたのだ。モチーフはありふれたカボチャや黒猫なのに、大人っぽく洗練されている。

 病院のエントランス前の花壇も同様で、テラコッタタイルの瀟洒な外観と相まって、まるで外国の美術館を訪れたような気分になる。

 もちろん内部もまた、贅を尽くした仕様になっていた。
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