年下ピアニストの蜜愛エチュード
 情けないくらい声が上ずり、千晶は思わずかぶりを振った。

(……落ち着かなきゃ。だって、また会いたいって言われただけじゃない)

 乱れた呼吸を整えようと、一歩後ろに下がった時だ。

「危ない!」

 いきなり右手をつかまれて、アンジェロの方へ引っ張られた。

 弾みで彼の胸の中へ倒れ込んでしまい、千晶の全身が硬直した。その後ろを、自転車がベルを鳴らしながら通り過ぎていく。

 はじめはわけがわからなかったが、ぶつかりそうになったところを助けてくれたのだった。

 意外に厚みがあって、たくましい胸板に、また鼓動が速くなる。

「あ、ありが――」

 見上げた顔にふと影が差したかと思うと、千晶の唇に何かが触れた。

(えっ?)

 あたたかく柔らかいものが触れては離れ、また戻ってきて、何度も唇をついばみ続ける。

(えええっ?)

 アンジェロが自分を抱き締め、キスしているのだ。とても現実とは思えず、千晶は反射的に身を引いた。

「三嶋さん?」

「ど、どうしてキス? 何で? ふざけないで!」

 状況についていけず、まるで子どものような話し方になってしまう。とはいえ、実際に答えてほしいわけではなかった。

 ところがアンジェロは真顔でかぶりを振った。

「ふざけていません。僕は三嶋さんが好きです。とてもかわいいし、僕より年下なのに、順くんのことも一生懸命面倒を見ていて――」

 小柄で童顔なせいで、千晶は年齢より若く見られることが多い。大人びた外人の女性を見慣れているアンジェロにも、そんなふうに見えたのだろう。

 だが、「好き」とか「かわいい」とか予想外の言葉を連発されて、千晶はますます取り乱した。無意識に口調も刺々しくなってしまう。


「年下? いいえ、違います。私は二十八で、あなたより五つ上です!」
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