年下ピアニストの蜜愛エチュード
 すると次の月曜日、アンジェロは白バラの大きな花束を抱え、朝一番に健診センターを訪れた。健診で世話になった礼がしたいというのだ。

 ところが生花は感染防止のため、院内に飾ることはできない。千晶は慌てて断ったが、しょんぼりしたアンジェロを見かねたのか、たまたま通りかかった理事長が自室用に引き取ってくれた。

 それで生花はまずいと思ったらしく、火曜日には『ジェラテリア・チャオチャオ』のジェラートを、そして今朝は和栗まんじゅうを持ってきた。千晶個人が何も欲しがらないので、代わりに勤め先に貢献しようと思ったらしい。

 何かしたいと思ってくれる気持ちは、本当にうれしいのだけれど――。

「いいなあ、千晶先輩。超絶美形スーパーセレブ男子が毎朝プレゼントを届けてくれるんだから」

「しかもチャオチャオも、井筒屋さんも行列必須のお店よ。この和栗まんじゅうなんて、確かひとり五個までしか買えないはずだけど、どうしてこんなにたくさん?」

「もはや顔パスなんじゃないですか? 明日は何をくださるのかしら?」

 二段重ねの重箱を前にしてはしゃいでいる同僚たちに、千晶は表情を引き締めて宣言した。

「明日はありません!」

「ええ~っ、楽しみにしてるのに」

「さあ、もういいから、お仕事しましょ」

 千晶が今日、担当する受診者は一時間後に来院の予定だ。まずロビーに行って、アンジェロと話をしなければ。

 千晶がナースセンターを出ようとした時、また田崎から呼び止められた。

「三嶋さん、ちょっと待って。実は予定が変わったの。今日はまずこの方を担当してほしいの。どうしても朝一番でって、昨日予約が入ったんですって。もうすぐいらっしゃるはずだから」

 千晶は渡されたファイルを開いて、受診者の名前を確認した。

「西村……西村貴子さん、ですね」

「ええ、そう。よろしくね」

「わかりました」

 なんとなく聞き覚えがあるが、はっきりとは思い出せない。千晶は取りあえずアンジェロを探しに、ロビーへと急いだ。
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