年下ピアニストの蜜愛エチュード
(いったい何て言ったらいいんだろう?)
アンジェロが持ってきた白バラも、ジェラートも、和栗まんじゅうも、すべて純粋な好意からの贈りものだった。千晶や健診センターのみんなに喜んでもらいたくて、わざわざ朝早くから届けてくれたのに。
ロビーへ続く廊下を歩きながら、千晶は思わずため息をついた。
日曜に「もうプレゼントは買わないで」と頼んだ時も、アンジェロはすっかり意気消沈してしまった。叱られた仔犬みたいに肩を落とし、順にまで慰められていた。幸いその後で、『ベリーヒルズ・ホール』に行って、また元気になったけれど。
たまたま休館中で中に入ることはできなかったが、それでもアンジェロはエントランスの前で目を輝かせていた。
そこは世界的な音響デザイナーが手がけた室内楽専用ホールで、ずっと前からあこがれていたらしい。決して大きくはないものの、ショッピングモールの最上階に位置し、交通の便もいいので、数年先までイベントスケジュールが決まっているそうだ。
――いつかここで弾いてみたいんだ。ずいぶん先になるだろうけど。
よほどお気に入りの場所なのか、それからアンジェロはずっと上機嫌だった。
(でも、今日はそんな特効薬ないのよねえ)
とはいえ、決まりごとは決まりごとだ。やはりはっきり断らなければ。
(よし!)
千晶は大きく息を吸って、ロビーに足を踏み入れたが――。
「あら?」
せっかく覚悟を決めたのに、肝心のアンジェロが見当たらなかったのだ。ゆったりと配置された椅子に座っているのは、健診の受診者らしき数人の男女だけだ。
トイレにでも行っているのだろうか? だったら、廊下で会うかもしれない。
戻ろうとして振り返った時、近くの椅子に座っていた女性が立ち上がった。
「おはようございます、三嶋さん」
「はい、おはようござ――あっ!」
千晶は挨拶しかけたまま固まってしまった。唐突に、西村貴子が誰なのか思い出したのだ。
(この人って……)
聞き覚えがあるのも当然だ。
西村貴子は、目の前で微笑んでいるショートカットの女性――先日のパーティーで紹介された、アンジェロのマネージャーだったのだから。
アンジェロが持ってきた白バラも、ジェラートも、和栗まんじゅうも、すべて純粋な好意からの贈りものだった。千晶や健診センターのみんなに喜んでもらいたくて、わざわざ朝早くから届けてくれたのに。
ロビーへ続く廊下を歩きながら、千晶は思わずため息をついた。
日曜に「もうプレゼントは買わないで」と頼んだ時も、アンジェロはすっかり意気消沈してしまった。叱られた仔犬みたいに肩を落とし、順にまで慰められていた。幸いその後で、『ベリーヒルズ・ホール』に行って、また元気になったけれど。
たまたま休館中で中に入ることはできなかったが、それでもアンジェロはエントランスの前で目を輝かせていた。
そこは世界的な音響デザイナーが手がけた室内楽専用ホールで、ずっと前からあこがれていたらしい。決して大きくはないものの、ショッピングモールの最上階に位置し、交通の便もいいので、数年先までイベントスケジュールが決まっているそうだ。
――いつかここで弾いてみたいんだ。ずいぶん先になるだろうけど。
よほどお気に入りの場所なのか、それからアンジェロはずっと上機嫌だった。
(でも、今日はそんな特効薬ないのよねえ)
とはいえ、決まりごとは決まりごとだ。やはりはっきり断らなければ。
(よし!)
千晶は大きく息を吸って、ロビーに足を踏み入れたが――。
「あら?」
せっかく覚悟を決めたのに、肝心のアンジェロが見当たらなかったのだ。ゆったりと配置された椅子に座っているのは、健診の受診者らしき数人の男女だけだ。
トイレにでも行っているのだろうか? だったら、廊下で会うかもしれない。
戻ろうとして振り返った時、近くの椅子に座っていた女性が立ち上がった。
「おはようございます、三嶋さん」
「はい、おはようござ――あっ!」
千晶は挨拶しかけたまま固まってしまった。唐突に、西村貴子が誰なのか思い出したのだ。
(この人って……)
聞き覚えがあるのも当然だ。
西村貴子は、目の前で微笑んでいるショートカットの女性――先日のパーティーで紹介された、アンジェロのマネージャーだったのだから。