年下ピアニストの蜜愛エチュード
 ちょうど大きな窓ガラスに自分の姿が映っていたので、千晶はさりげなく全身をチェックした。病院の職員として、通勤時にも身だしなみには気をつけるよう言われているのだ。

 肩までのボブスタイルに変な寝癖はないし、メイクも問題ない。

 二十八という実年齢より少し幼く見えるが、これはしかたなかった。もともと小柄な上に、目が大きくて、童顔なのだから。

「さてと、今日もがんばらなくちゃ」

 この『ベリーヒルズ・メディカルプラザ』は卓越した技術を誇るドクターを揃えた外科や、芸能人のお産で話題になる産婦人科が有名だが、人間ドックを行なう健診センターも診断能力の高さで広く知られている。千晶はそこで働く看護師だ。

 大学病院で働いている時、尊敬する外科医がこの病院に移ることになり、誘われて一緒に転職してきた。助産師でもある千晶は、実績あるベリーヒルズの産婦人科でなら、いい経験が積めると思ったのだ。

 予想どおり、産婦人科での日々は充実したものだった。

 しかし順と暮らすことになって、半年前に異動を希望した。

 幼児を育てながら、残業や夜勤に対応するのは難しい。特に相手が、たいへんな経験をしている場合には。

 その点、ルーティーンが決まっている健診センターは理想的な職場だった。

「おはようございます」

 淡いアプリコット色の制服に着替えて、ナースステーションに向かうと、看護師長の田崎が手にしていたリストから顔を上げた。

「おはよう、三嶋さん。ちょうどよかった。朝一番のVIP、担当してもらえる?」

「VIP……ですか?」

 ここに健康診断を受けに来るのはビレッジのオフィスで働く者か、レジデンスの居住者で、いわゆるセレブ族が多い。その対応に慣れている師長があえてVIPと口にするのは、よほどのことと思われた。
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