その手をつかんで
蓮斗さんの要求に困惑する。ここが会社でなければ、好きなだけどうぞと言えるかもだけど。

ううん、会社でなくても好きなだけとは言えない。

答えられずにいる私にまた蓮斗さんが顔を寄せる。

また返事を聞かずに実行?

その時、ドアがノックされて私たちはそっちに顔を向けた。私は咄嗟に彼の胸を押す。

ドアの外から躊躇いがちな声が聞こえた。


「結城専務……いらっしゃいますかー?」

「ああ、いますよ。どうぞ」


ちょっと憂鬱そうに返事をする蓮斗さんの腕を、私は引っ張った。振り向いた彼の唇をササッと、ハンカチで拭う。


「え……ああ、付いてた?」

「はい……」


リップが付いているみっともない顔を晒すわけにはいかない。専務としての彼は身だしなみをきちんとしていないと……私のリップは剥がれているだろうけど。


「失礼します。おはようございます……ああ、どうも」


入室してきたのは、社長の秘書をしている40代の男性。その人は私を見て、目を丸くした。

まだ早い時間だから、蓮斗さんしかいないと思ったのだろう。
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