転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「うるさい。おまえだって、クマを作ったひどい顔をしているくせに」


 言いながらぐっと顔を近づけ、その緑色の瞳を覗き込んだ。

 不意打ちな至近距離での暴言に、ユノは唖然とした表情で「なっ」と言葉を詰まらせる。


「ひ、ひどい顔って……!」
「だから、俺がおまえを運んでやる」


 言うが早いかハルトは手を引いて、ユノの身体を軽々と抱き上げた。

 どうせまた、薬学や医術に関する本を読んで徹夜したのだろう。彼女の方こそ人をとやかく言う前に、仕事にかかわることとなると寝食を忘れてのめり込む性質をどうにかして欲しいと思う。


「ちょっ、ハルト……っ! 下ろしてよ!」
「大人しくしろ。手もとが狂って落とすぞ」


 死んでもそれはないのだが、低い声でつぶやくと胸の前で横抱きにした彼女がピタリと動きを止めた。

 顔をしかめものすごく不本意そうながら、それでもひとまず大人しく腕の中に収まったユノを無自覚に満足げな笑みで見つめたのち、ハルトは歩き出す。


「信じらんない……病人のくせに……何なのよこの安定感ありすぎな体幹……」
「ユノはもう少し鍛えた方がいい」
「余計なお世話なんだけど?!」


 断じて偶然触れた太ももや脇腹の柔らかさを指して言ったつもりはないのだが、ユノは自分で思うところがあるらしくやけに棘のある声音で返してきた。

 しかしもう、無理にここから抜け出そうとする気はないようだ。顔全体に“しぶしぶ”という感情を貼り付けたユノはぎゅっと腕に籠を抱き、身体を縮こませている。

 途中、ふたりの動向を始終呆然と眺めていた例の若手騎士たちの横を通り過ぎたが、彼らは何も言っては来なかった。こちらもまったく気に留めず、医務室を目指して進んでいく。

 さっきまで己の中にあった正体不明の不快感は、もはや綺麗さっぱり消えている。

 それらが完全になくなったと気づいたのは、幼なじみの彼女を胸に抱いてその体温と重みを直に感じた瞬間のことだったのだが──他人どころか自身の機微にすら疎いハルトには、その理由も不快感の正体すらも、わからないままだった。










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