夜には約束のキスをして
***

 昼過ぎには雨が降り出した。列島の南に発生した台風から吹き込む湿った空気の影響で、前線がかなり発達するとの今朝の天気予報は当たっていたようだ。本降りになった雨は止む気配もなく長々と降り続いていた。
 豪雨が懸念されるため、本日の部活は休みにすると連絡を受けたのは、午後一つ目の授業が終わった直後の休憩時間だった。和真の所属は剣道部であるため、活動自体は屋内であり、天気の影響はない。しかし、夜中にかけて非常に激しく降るとの予報を受けて、生徒を早めに帰宅させることにしたらしい。夜の外出については深青もかなり難色を示していたことを思い出して、和真はあまり良くない予感を覚えた。
 深青の勘は、未来を具体的に予見するものでは決してない。しかし、曖昧な感覚や気配としてはかなり正確な部分をつく。彼女があそこまで良からぬものを感じ取っていたならば、それ相応の嵐が起こりうる。今さらになって思い至った和真は、窓の向こうの雨をつぶさに見つめた。雨の勢いは確実に強まっている。風も出てきた。帰宅時間、そして夜にはどうなっているだろうか。無事に深青のもとにたどり着けないかもしれない。一抹の不安が和真の胸をよぎった。

「――連絡事項は以上です。今日は天気が荒れることが予想されてますので、用事のない者はすみやかに帰宅して、不要不急の外出はしないように」

 担任教師がホームルームの終わりを告げると、生徒たちがばたばたと帰りじたくを始める。和真も荷物をまとめて立ち上がった。

「一条、帰ろうぜ」

 名字を呼ばれて顔を上げれば、和真と同様、剣道部に所属するクラスメートの瀬名だった。彼とは自宅の方向が同じため、部活のあと家路をともにすることが多い。

「ああ」

 うなずいてバッグを肩にかけると、連れ立って昇降口に向かった。

「もしかして傘忘れてないよな?」
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