桜の下に立つ人
軋轢
 それから美空はしばしば悠祐と昼食をともにするようになった。特に約束をしているわけではなかったが、悠祐はいつも早めに食堂に来て端の席をキープしているので、そばに座らせてもらうのは美空にとってとても都合がよかったのである。
 それになんといっても、悠祐といると沈黙が苦ではない。
 なにか話したほうがいいのかと一度は美空から当たりさわりのない話題を振ってみたのだが、悠祐はくだらないと言いたげに眉をひそめて、「そういう面倒な気づかい、いらないから」とばっさり切った。そのくせ、悠祐が思ったことはぽんぽん言ってくる。
 つまり、話したいことがあれば話せばいいし、話したくないなら無理に話す必要はない、ということなのだろう。
 悠祐の前で張り詰めていた美空の気持ちはそれで一気にほぐれた。自分を偽って相手に合わせなくてもよいという関係がここまで心地よいなんて美空は知らなかった。
 しかしそういう関係になっても、美術室における二人の距離感は変わらなかった。悠祐は相変わらず美術部のモデルをしているが、美空と会話することはない。美空の絵のことにも触れない。美空も美空で、悠祐にモデルを頼もうとはしなかったし、野球部のことを尋ねることもしなかった。
 おそらく互いが互いに不可侵の領域があることを察していて、暗黙のうちにそれを守る協定のようなものができていた。初対面のときの出来事は互いにとって手痛い失敗で、繰り返すのを避けたいというのが無意識の本音にあった。
 そういうわけで悠祐と美空は、至極穏やかに、そして密やかに友人関係を結んでいたのだった。

 しかしその均衡は突然打ち破られた。

 ある朝、登校したばかりの美空のそばに、めずらしく級友が寄ってきた。好奇心に溢れた彼女の瞳に美空は嫌なものを感じとる。

「結城さん、最近一緒にお昼食べてる人って、誰?」
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