桜の下に立つ人
失言
 美空がその日二度目の登校をしたのは四限目も終わった昼休憩の真っ最中だった。
 いつもなら悠祐と顔を合わせて食事をしている時間に校門をくぐる。そのときになって、食堂に現れない自分を悠祐が心配しているかもしれないと気がついた。
 今朝の出来事があるだけに、顔くらいは見せておいたほうがいい。美空は一階にある食堂に足を向けた。
 廊下の突き当たりに食堂のガラス扉が見えるところまでやってくると、偶然にも今まさに食堂から出ていこうとしている悠祐がいた。

「せんぱ……」

 呼び止めようとするが、美空の小さな声では到底届かない。
 廊下の先にいる美空に気が付かないまま、悠祐は食堂のすぐ脇にある通用口から屋外に出て行ってしまった。見失いそうになった美空は慌ててあとを追った。
 通用口からは、隣に建っている特別教室棟や体育館につながる屋根付きの渡り廊下が伸びている。悠祐のクラスは次の授業が移動教室なのだろうか。
 廊下を走って通用口に着いた美空が外に悠祐の姿を探すと、意外にも彼は体育館のほうへ進んだあと渡り廊下を外れて特別教室棟の裏手に回っていく。そちらにあるのはあの桜の木とグラウンドだ。悠祐がそこに近づくことはしばらくないだろうと思っていたのに、気持ちの整理はついたのだろうか。
 悠祐の心情を慮りつつも、その一方で、美空の胸の内にはほんの少しの期待が生まれていた。
 もしかしたら、桜の下に立つ彼の姿をもう一度見られるのではないか。
 折しも桜は満開に近い五分咲きだ。見られたくないと言っていた悠祐に対して罪悪感はあるものの、願望には抗えない。
 美空は柱や建物の陰に身を潜めるようにして悠祐のあとをつけようとした。しかし、特別教室棟の角に身を隠し、そろりと顔だけを覗かせたところで、美空の目論みは早々に頓挫した。
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