今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 安寿と航志朗は車に乗り込んだ。車は朝とは別のコインパーキングに駐車していた。安寿はずっと無言で不服そうな顔をしてうつむいている。その安寿の表情をそっとうかがうと、航志朗はため息をついてから言いわけをした。

 「校門まで迎えに行ったことを怒っているのか。仕方ないだろ。満車だったから、今朝停めた場所とは違うパーキングに駐車したんだから」

 安寿は航志朗の言いわけを聞いて少し納得したものの、友人たちの前で恥ずかしい思いをさせられて許せない気持ちでいっぱいだった。

 車は首都高に入った。安寿は今朝来た道とは違うルートを通っていることに気づいた。

 「岸さん、あの、どこに向かっているんですか?」

 「銀座へ行く」

 「えっ、どうしてですか?」

 「念のため山田整形外科医院に行って、けがの予後を診てもらう。予約はしてある」

 前回と同じ銀座の裏通りの駐車場に航志朗は車を停めた。安寿は自分が転倒した場所に再びやって来た。たったの三日前に起こった出来事だというのに、ずっと昔のことのようだと安寿は思った。そして、この三日間でまったく想像だにしなかった場所に自分が立っていることを実感した。ふと安寿は隣にいる航志朗を見上げた。航志朗は安寿の視線にすぐ気づいて、冗談めかして言った。

 「安寿、また背負ってあげようか?」

 安寿は真っ赤になって下を向いた。その様子に航志朗は満足げに笑った。

 山田医師からは順調に回復していると言われて、ふたりは安堵した。だが、引き続きあと一週間はくれぐれも安静にするようにと注意された。テーピングを巻き直してから外用の湿布薬と替えの包帯を処方されて医院を出た。

 いつのまにか安寿は航志朗の腕につかまって歩いていた。それに気づいた安寿はあわてて手を離そうとしたが、強い口調で航志朗に阻まれた。

 「いいから、俺につかまっていろ」

 夕方の繁華街を足早に歩く人びととすれ違うと、他人から見たら私たちはどう見えるのだろう、もしかしたら恋人どうしのように見えるのかもしれないと安寿は心なしか気恥ずかしく思った。

 だが、安寿はすぐに思い出した。

 (あ、私たちって夫婦だったんだ。……法律上は)

 安寿は今触れている航志朗の匂いと温もりを意識して頬が熱くなった。
 
 なぜか駐車場を素通りして航志朗は歩いて行く。安寿は不思議に思って航志朗に尋ねた。

 「岸さん、今度はどこに行くんですか?」

 「宝飾店に行く」

 「ほうしょくてん?」

 安寿はきょとんとした表情で言った。安寿はその漢字が頭に思い浮かばなかった。

 航志朗は当然のことのように言った。

 「これから結婚指輪を買いに行こう」

 「えっ、結婚指輪ですか?」

 (どうして? いずれ離婚するのに)と安寿は思ったが、もちろん口には出せなかった。

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