今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる

第4節

 閉じられた厚手のカーテンの隙間から、黄金色の光があふれ出て来た。 

 いつものように航志朗は思った。

 (……今、俺は、どこにいるんだ?)
 
 航志朗は自分の胸に息づく柔らかくて温かい存在を感じた。それから、自分の首にしっかりと回された両腕に気づいた。航志朗が目を開けると、乱れた黒髪がかかった安寿の額が目に入ってきて、急に航志朗の胸の鼓動は激しく弾んだ。信じられないことに、安寿が自分に全身で抱きついている。しばらく航志朗はこのうえない幸福な現実が受け入れられずに、夢の続きを見ているかのように思った。航志朗は震える手で安寿の髪を梳いて、そこに現れた額にそっと唇を触れた。そこは温かくて、航志朗は心から安堵した。

 「ん……」

 安寿は額に何か冷たいものが触れたことに気づいて起き出した。まるで誰も知らない真っ暗な洞窟の奥にある氷柱から溶けた一滴のしずくが、額に降って来たかのように感じた。

 安寿は目を開けた。目の前には航志朗が優しい光を帯びた琥珀色の瞳で安寿を見つめていた。

 「……航志朗さん」

 安寿は航志朗の目を見て小さな声でつぶやいた。微笑を浮かべてうなずいた航志朗は、自分の名前を呼ぶ安寿の唇に思う存分キスしたくてたまらない気持ちになったが、なんとかその衝動を抑えた。今の安寿にとって、自分は恋愛感情を抱いた男ではないのだ。欲情のおもむくままに下手に触れてしまったら、やっと微かにつながってきた安寿との温かい絆を取り返しがつかないくらい壊してしまうような気がした。

 「よく眠っていたな、安寿」

 航志朗は安寿の耳元でささやいた。

 さっと顔を赤らめた安寿は、急いで航志朗の首に回していた手をほどいて言った。

 「航志朗さんも、よく眠れましたか?」

 「ああ、よく眠ったよ」

 そう答えてから、航志朗は気がついた。

 (そういえば、彼女と結婚してから、俺は毎晩ぐっすり眠っているな……)

 「安寿、朝食にしようか?」

 「はい」

 ふたりはパジャマのままでベッドルームを出て、階段を一段一段ゆっくりと下りて行った。先に下りる航志朗は安寿に左腕を差し出した。安寿は素直に自分の右手を航志朗の左腕に滑り込ませた。

 「安寿、足の具合はどうだ?」

 「少しずつ、よくなっています」

 「そうか、よかった。でも、まだ安静にしろよ」

 「はい」

 仮初めの結婚とはいえ、新婚のふたりの朝の定番になった会話を交わした。

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