今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 すぐに航志朗はバンケットホールを後にした。航志朗は嫌な汗をかいていることを自覚していた。まっすぐスイートルームに戻ろうとすると、部屋の前でアンとヴァイオレットに鉢合わせした。もともとアルコールに弱いアンは断れないおびただしい乾杯で酔いがすっかりまわっていて、足元がふらついている。さらにアンの人生最良の日の感動に泣きはらし、目も当てられない状態である。ヴァイオレットは、そんなアンを健気に全身で支えている。疲れきって深いため息をついたヴァイオレットは航志朗に気づくと、彼に笑顔で話しかけた。

 「コーシ、今日は本当にありがとう」

 アンも航志朗に気がつくと、「コーシィィー。僕、とっても、とっても、ハッピーィィー」と涙をにじませて航志朗に抱きついてきた。航志朗はそんなアンを抱きとめた。本当に放っておけない愛しい親友だ。ヴァイオレットはそんなふたりを温かく見守った。そして、ヴァイオレットは航志朗の肩に手を置くと、背伸びして航志朗の頬にそっとキスした。

 「おやすみなさい、コーシ。ゆっくり休んでね」

 「ありがとう。おやすみ、ヴィー」

 アンとヴァイオレットは、自分たちのスイートルームによろよろと向かって行った。そのふたりの後ろ姿を見送りながら、航志朗は少し心配になった。

 (アン、これから、……大丈夫か? 余計なお世話だけど)

 航志朗はアンに用意してもらった部屋に入った。長い一日がやっと終わった。ベッドに腰掛けると窓の外に上弦の月が見えた。それは航志朗に先ほどの老婆の瞳を思い出させた。

 (今日、いや、正確には昨日から、立て続けに三回も奇妙なことが起こったな……)

 航志朗はほどいたボウタイをサイドボードに向かって投げて、そのままベッドに身を投げ出した。

 (……俺が白い翼を持った女を愛することになる?)

 甘美な予感なのか不吉な予感なのかを分析するには、航志朗はあまりにも疲れすぎていた。

 そして、航志朗は眠りに落ちた。

 白く光る月が目を閉じた航志朗を森閑と照らした。

 


















 



 





 
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