月は笑う
さすがに、人に見られる仕事をしているだけあって、まとっている雰囲気が違う。立っているだけで、華があった。


「かまいませんけど……」


にこりとして、武史は座った。


「朝からたくさん食べるんですね。見ていて気持ちがよかったから」


山盛りの皿を指して、武史は言う。
彼の方はというと、コーヒーカップだけだった。


「こういうところで食べる時は贅沢しなきゃ」


笑って、歩美はオムレツにフォークを突き刺した。
俳優から声をかけられるなんて、気持ちがいい。
ファンに知られたら大変なことになるだろうけれど。


「信じてもらえないかもしれないんだけど、こんな風に女の人に声をかけるなんてしたことなかったんだ」


歩美の食事が終わるころには、二人はすっかり打ち解けていた。


「私だって、あんな風に声かけられてOKしたことなんてなかった」

「何故僕は……」


言いかけて、武史の言葉が切れた。芸能人というのは、特殊な存在だ。すれ違っただけでも、自慢の種になる。
ナンパなんてされたらなおさら。それがわからないわけではなかった。


「あなたが見たことある俳優さんだったから、好感度がよかったのは否定しないけど」


歩美は食後のミルクティに手を伸ばす。
紅茶は、昨日の店の方がおいしかったな。


「でも、尾上さんの出てるドラマ見たことないし、ファンでもなかったし。別に深い理由はなかった気がする」


紅茶のカップを空にして、歩美は立ち上がった。


「もう行かなきゃ、遅刻しちゃう。尾上さんと話せて楽しかった。ファンになっちゃった。これからはドラマも見るね」

「待って」


武史が立ち上がった。


「メールアドレス、教えてくれないかな……その」


一度言葉を切って、意を決したように続ける。


「また会って欲しいから」


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