メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
彼女と過ごす時間は濃密で速く過ぎるような気がした。もちろん時間が進む速度はいつも一定で、そう感じるのは自分の気持ちのせいだとわかっている。だからこそ俺は焦った。

あいつと一緒にいると心の中に広がる恥ずかしいくらい甘ったるい気持ち。今まで感じたことはなかった。これが恋なんだとこの歳にして初めて知った。

知ったものの、どうしたらいいのかわからない。考えてみると今までは恋人といても随分落ち着いていたなと思う。普段の自分を保てていたし、制作にも影響はなかった。

だが今の俺はどうだろう。心の中は杏花のことでいっぱいで、全然落ち着かない。嬉しかったり寂しかったり自分でもよくわからない発言や行動をしてしまったり・・・。

彼女が時計を作りに家に来る時だって必死に時計に集中して、変な気持ちが起きないようにしている・・・いや、完全には抑えきれていないが。

まるでアップルパイのようだ、と思った。熱々のりんごはパイ生地で包まれてはいるものの、生地の網部分から見えてしまっている。それと同じように、隠しきれていない俺の気持ちにいくら恋愛に興味がないあいつだってさすがに気づいているんじゃないだろうか。

最初に時計作りに来た日にあいつは『どうなってもいい。』とかほざきやがった。意味が分からず言っているのかはたまた俺を試しているのか。見た目もさることながら、何を考えているのか全くわからない未知の生命体だ。学会に発表してやろうか。

アップルパイ───そうか、パイのあの網状の部分が檻の格子と考えたら、まるで猛獣のような俺の気持ちがそこに閉じ込められているかのようだ。

このすぐ後、俺は自分の中の猛獣を抑えておくことが出来ず、檻から脱走させてしまうことになる。そしてあんな場所で彼女の洋服のボタンに手をかけ、姿を現した柔肌(やわはだ)に触れてしまうのだった。
< 107 / 290 >

この作品をシェア

pagetop