メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「ウ、ウサギの皮かぶったライオンっていう感じ?」

「そうそう。だから油断してると食べられちゃうよ、杏花ちゃん。宣戦布告してきた割にあの車の中以降何もしてこないなって思ってたでしょ?」

至近距離で見上げながら言うと、店長はにこにこと可愛らしく笑いながら答えた・・・と思ったら瞳に妖しげな光を灯した。初めて暖人の部屋に行き、廊下で迫られた時には感じなかった身の危険を感じ、無意識に手の中のパンプキンパイを握りしめていた。

「た、高園さん、かなり酔ってますよね。短時間ですごく飲んでたし。」

「杏花ちゃんと飲むと悪酔いしないからつい飲み過ぎちゃうんだよね。俺明日休みだし。」

彼はそう言って右手を私の後ろのロッカーにゆったりとついた。

「私、明日もシフト入ってるし、今日はもう失礼しますね・・・。」

私のその言葉は店長には届かなかったのだろうか。

「ドラキュラが魔女の血吸ったらどうなるかな・・・?」

「どういうこと・・・?」

店長は答える代わりに私の右肩付近に顔を近づけた。どこにも触れられてはいないのに、熱い吐息が首にかかった途端、体と心の感覚がすうっとなくなった。恐怖も怒りも悲しみもない。人形になったんじゃないかと思うくらいだった。

食事に行った帰りの車の中でも同じようなことはあったのに、あの時とは何かが違った。いつもと違う彼の様子やじわじわと攻められる感じ・・・最後に残った防衛本能のような気持ちが私を突き動かした。

「お先に失礼します。」

機械的に口が動いた。そうか、人形じゃなくてロボットになったんだ、私。

ロッカーからリュックと着替えを取り出すとそのまま出口を出た。店長が後ろから何かを言っていることを認識はしていたけれど、私の足は制御不能になったみたいにめちゃくちゃに走っていた。走るのは体育の授業以来で苦しい。

公園の前で足がもつれて転ぶと近くにいた仮装をしたグループが『大丈夫~?かわいい魔女ちゃん。』と声をかけてくれた。

「これあげるからさ、泣かないで。ハッピーハロウィン!」

セクシーなメイドさんのコスプレをした金髪ショートカットの女の人がロリポップキャンディをくれた。私は会釈をすると今度はとぼとぼと歩き出した。

何かを落としたので拾うと、もうとっくに原型をとどめていないパンプキンパイだった。
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