メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
*****

俺がマンションの下のベーカリーカフェにパンを買いに行き二人で朝食をとった。昨日脱がした時のことを思い出すと、着付け動画等を観るまでもなく袴を再び着付けるのは俺には無理だと思ったし、杏花もできないようなので、俺の服を着せてタクシーで彼女の家まで送った。ああ、切実に車がほしい。車があったら二人でどこに行こうかと想像しにやけている自分のキモい顔が車窓に映り、吐き気をもよおした。


葉吉家は童話に出てきそうな可愛らしい一軒家で、俺が住んでいるマンションに雰囲気が似ていると思った。

「じゃあ・・・ありがとう。」

オフホワイトのアーチ型の門の前で名残惜しそうに俯く彼女を抱きしめてキスしたくてたまらないがさすがにここでは出来ない。

「お前、今春休みだろ?会社の研修とかあるのか?」

「研修は明後日からだよ。」

「じゃあ明日は?」

「明日は特に何も・・・。」

「じゃあ、明日一日俺にくれないか。」

俺のその言葉に一瞬で笑顔が弾ける。

「うん!嬉しい!」

───・・・だから、いちいちそういう可愛い顔をするのは勘弁してほしい。帰れなくなる。

「その・・・俺達ちゃんとデート・・・したことないだろ。だからお前の行きたいところ行こう。」

「本当!?」

「今日バイト終わったら迎えに行くから、うちに来てほしい。」

「今夜も、暖人のおうちに・・・?」

「嫌か?」

「ううん・・・いいの?」

「ちょっとでも長く一緒にいたいし、それに・・・。」

「?」

「あのアイドル店長がいるバイト先に行かせるのが不安、ていうわけじゃないけど・・・その・・・。」

「・・・わかった。」

照れた笑顔に溶かされそうになる。こんなに可愛いやつ、杏花以外世界に存在しないだろう。今まで人や動物の赤ちゃんなどを見ると『可愛い』と思ったけれど、きっともう思えない。『可愛い』の種類は違うはずなのに、俺の『可愛い』アンテナは杏花にジャックされ、彼女にしか反応しなくなってしまった。あぁ、今すぐ家に連れ帰りたい。それか数時間ワープして今日の夜になれば彼女と会えるのに。

幸せな余韻と今夜への期待に浸りながら帰ろうとすると電話が鳴った。発信者は玲央だ。

『ハルぅぅ!大変なことになったんだよぉ~助けてぇ!』

その悲痛な叫びに幸せな気分をぶち壊された。
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