バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 私はベッドの上で体を起こして、あらためてまわりを見回してみた。

 レースのカーテンのせいでさっきは分からなかったけど、枕元に点滴のスタンドが立っていてチューブがつながっていた。

 ベッドサイドの柵にはナースコールのボタンがかかっている。

 私は前開きのパジャマを着ていた。

 やっぱり病院か。

 でも、部屋には私のベッドがあるだけで、他の患者さんはいない。

 それにしてもずいぶん広い。

 スペースだけでも私の六畳ワンルームアパートの二倍以上はあるし、窓際には見舞客用なのかソファとテーブルが用意されている。

 部屋の中に専用トイレやシャワーまでちゃんと備わっていて、その横の洗面台はまるでヘアサロンのように立派なものだ。

 病院にしてはあまりにも変だ。

 すると、扉が音もなく開いて白い制服の女性が入ってきた。

 看護師さんだ。

 やはり病院らしい。

「あら、お目覚めですか。検温しますね」

 タブレットをタップして、検温器具を私の額に当てる。

 それから点滴の状態を確認して、看護師さんがチューブだけはずしてくれた。

 これで思い切り背伸びができる。

 看護師さんが微笑みながら私の表情を観察していた。

「バイタル正常ですね。どうですか、自分の感覚としては?」

「はあ、まあ……。とくになんともないみたいです」

 実際、普通に朝自分のアパートで目覚めたときと変わらない体調だった。

 頭も体も痛くないし、腫れているようなところもないようだ。

「あの、ここはどこなんですか?」

 私はたまらず聞いてみた。

「ベリヒル総合病院ですよ」

 ああ、ベリーヒルズビレッジのセレブ御用達病院だ。

 噂によると、この病院にはベリヒルの別エリアから人目につかずに入れる秘密の通路があるらしく、お忍びで通う政治家や芸能人、スポーツ選手が誰一人として週刊誌に写真を撮られたことがないんだそうだ。

 いくら会社から一番近い病院だからって、私みたいな一般の会社員が運び込まれるところじゃないはずだ。

< 35 / 87 >

この作品をシェア

pagetop