バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「ずいぶん広いですね。他に患者さんはいないんですか」

「他の部屋にはいらっしゃいますよ。ここの入院病棟は全室個室ですからね」

 個室?

 健康保険の使えない特別料金だよね。

 急に私の頭の中でそろばんと電卓がパチパチと音を立て始めた。

 いったいいくらかかるんだろう。

 アメリカなんかだと、盲腸の手術をしただけで何百万円もかかるとか聞いたことがある。

 どうしよう。

 私、お金が払えなくて退院できないかもしれない。

 でも、退院しないと借金がどんどん膨らんじゃう。

 いったいどうしたらいいんだろう。

 なんだか急にめまいがしてきたような気がした。

 だめ、ちがう。

 めまいなんかしてたらだめだ。

 早く元気をアピールしてここを出ないと。

「あ、あの。私、もうなんともありません」

「それはよかったですね」

「だから、会社行きます」

 看護師さんがくすりと笑う。

「あわてなくても大丈夫ですよ。それに今日は土曜日ですから、お休みなんじゃありませんか」

 あ、そうか。

「少ししたら先生の診察がありますから、そのときに退院の許可が出ると思いますよ」

「でも、本当になんともないんです」

「まずは朝ご飯を召し上がってくださいな。今お持ちしますからね」

 ご飯という言葉を聞いた途端、お腹がギュルルと鳴った。

 静かな個室にやたらと響く。

「あら、食欲もあっていいですね」と、口元を押さえながら看護師さんがいったん部屋を出て行った。

 もう、元気な自分が恥ずかしい。

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