バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「まったくもう」と先輩が腰に手を当ててため息をつく。「なんでこのタイミングで出ちゃうかねえ」

「あの人がどうかしたんですか」

「うちとパートナー契約を結んでる大里健介よ。知ってるでしょ」

「日本代表の選手ですよね」

「今夜のレセプションのゲストなんだけど、こんな大ニュースが出ちゃったから、マスコミ向けの資料を全部差し替えなくちゃならないのよ」

 ああ、そういうことなのか。

 だから広報部が非常事態なのか。

「七海さ、スーツはある?」と、先輩が私のカジュアル姿を上から下まで眺めている。

「総務部のロッカーにあります」

「オッケー。これから汗かいてもらうから、今はまだいいや。パーティーの時はスーツに着替えておいてね」

 先輩が指さす方に、うちの部の田中さんと矢島さんの他にも数名の社員が待機している。

 並んだ台車の上には段ボール箱が山積みだ。

「あれを全部会場に運んでほしいのよ」

 危うくため息が出そうになるのを、笑顔でこらえる。

「分かりました」

「で、会場に搬入してあるのを回収してくる。いい?」

「はあ……、はい」

「じゃあ、お願いね」

 そう言うと、どこへ行くのか、先輩はくるりと背を向けてしまった。

「あれ、先輩は?」

「出迎えよ!」と、かかとを鳴らして振り返る。「さっきの日焼け男! 今、空港からこっちに向かってるのよ。マスコミももう嗅ぎつけて押しかけてるし」

 そして肩をすくめながら片目をつむってみせた。

「こうなったら、一緒にテレビに映って、芸能事務所にでもスカウトしてもらおうかな」

「先輩なら声かかりますよ」

 お仕事ドラマの主役にぴったりだ。

 私はけっこう本気でそう思ったんだけど、先輩が苦笑している。

「アラサーから始めるアイドルグループなんて需要ないでしょうよ」

 え、そっちか。

 なんて驚いた顔をしたのがばれたらしく、エアでグーパンチを突き出されてしまった。

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