バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 社長がニュースアプリの画面に切り替える。

「この写真誌の盗撮だって、同じトリックだよ。確かに俺はこの女性と食事をしたよ。お見合いの話が出ていたんでね」

 言葉を挟もうとする私を制するように社長が話を続けた。

「だけど、こういったことは、家同士のつきあいで仕方のないことなんだよ。親同士が勝手に話を進めるわけさ。本人の気持ちなんか関係なくね。相手の女性も同じような立場だから、お互いに義務として会っただけなんだ」

「でも、笑顔で楽しそうですよ」

 なんだかやだな。

 どうしても嫌味な言い方になってしまう。

「ああ、話が弾んだのは事実だからね。お互いに親が早く結婚しろってうるさいっていう共通の話題があったからさ。同じ立場同士、意見交換というか、愚痴をこぼしたり、狭い世界の噂話には事欠かなかったからね。和やかな雰囲気だったことは本当だよ。ただ、それは大人のつきあいとしてのマナーのようなものだろ」

 まあ、社交上、相手が不快にならないようにお互いに気をつかうことも必要だということは分からなくはない。

「あとは、たまたまそういう雰囲気の時に、プロのカメラマンが望遠レンズでわざと狙った角度で写真を撮れば、世間に誤解させるのは簡単ってわけさ」

 そして、私の手にスマホを置いて、社長が私の目をまっすぐに見つめた。

「俺もこの女性もお互いに何もないから隠してないんだよ。本当に大切な人とは人目につくところには行かないからね。限られた人間しか入れないこのラウンジは、そのためにあるわけだからね」

 社長は真剣な表情で言葉を切ると、ため息をついた。

「俺は女性と本音で本気のつきあいというものをしたことがないんだ。俺自身がその女性を気に入ったからといって、それがまわりにも受け入れられるわけじゃないからね。どうしても家同士のつきあいになってしまうんだよ」

 社長の言葉に嘘は感じられなかった。

 セレブな家系に生まれたものとして、背負うものがあれば、自由に恋愛なんかできないんだろう。

 常に誰かの目があって、何をやっても一瞬で噂を広められてしまう人生。

 一時の感情に流されるわけにはいかない、現実的なしがらみがいろいろあるんだろう。

 この前話したときに社長の口からネガティブな言葉が出てきたことを思い出す。

 嫉妬、やっかみ、後悔。

 なんでも手に入る身分だけど、自分の気持ちに反したことも他人から勝手に押しつけられる。

 自分とは違うイメージを作り上げられ、その虚像を非難され、知らない人間からその責任を取れと迫られる。

 有名だからこそ、うらやましがられる境遇だからこそ、押しつけられる苦労。

 社長も私も、息苦しさに変わりはないんだ。

 私は初めて一人の男性として社長を見ることができた。

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