交錯白黒
とくん、とくん。
服の上から左胸を押さえると、違和感のない規則的な鼓動が掌に伝わった。
これが、誰かの心臓だなんて信じられない。
レピシエントは、ドナーがどこの誰かを知ることができない。
そりゃ知れることなら誰か知って、遺族の方にだってお礼を言いたい。
だけど、それをどう捉えるかは人それぞれで、加えて、人の生命の懸かるデリケートな問題だけに接触させないようにしてあるのだろう。
頑張って、生きていかないとな。
そんなことに思いを馳せながら、いつぞや振りに身に着ける制服のリボンを胸元につけていると、ぶちっとくぐもった音がした。
見下ろしてみれば、ワインレッドの、大きすぎない上品なリボンの端が切れている。
私はスマホの画面を光らせ、時間を確認する。
余裕があるので、縫ってしまおう。
裁縫道具を取り出し、慣れない手付きで針に糸を通して千切れた布を繋ぎ合わせる。
「痛っ」
開始3秒も経っていないのに、そんな呟きが口から漏れた。
親指の腹から赤い液体が盛り上がり、側面を流れて落ちてゆく。
絆創膏を貼ろうと立ち上がったら裁縫道具をひっくり返してしまい、中身の細々したものまで全て箱から飛び出してしまっていた。
何だか良くないことが続いている。
リハビリも、私の大きな責務も終わり、やっと普通の高校生活を送れる、そう思っていたのに、胸がざわついて、重だるい。
――不吉な予感がする。