交錯白黒
クールな遥斗に限ってこんな簡単に涙を落とすことはない、演技だ。
そう思おうとしても、手の震えや赤い鼻はどうにもリアルに見えてしまい、心が揺らぐ。
「遥斗、こっち来い」
長い足を折り曲げ、腕を広げて遥斗を受け止めた。
遥斗の茶髪をぽんぽん、と撫でる。
……完全に私悪者になってる。
私は自分の髪をぐしゃりと握り、釈ではあったが、重たいものを吐き出した。
「わかりました。行きますって、学校」
……言っちゃったよ。
千稲ちゃんなら、こんなずるい手は使わない。
もっと真っ直ぐに、そして正々堂々と自分の意見を主張する。
「ホント!?」
さっきの涙はどこへいったのか、遥斗も知成さんも同時に高い声を突き出した。
言う前よりも胸が重く、そのまま底まで突き抜けそうだ。
学校、と想像するだけで、全身に鈍い痛みが走り回る。
橘くんと会ったときと同じ感覚。
橘くん……?
「あっ!」
「どうしたの?天藍ちゃん」
「いえ、何も」
誰でも惹かれそうなあどけない表情が、とても優しかった。
何だか前の知成さんに戻ったみたいにおっとりした雰囲気を持っているけど、今はそんなこと考えている暇はない。
橘くんがもって来た教科書を返さなければならない。
知成さんがプリント類などを全部用意してくれているから紙袋を覗く必要がないし、怖くて覗こうとも思わなかった。
知成さんは、最近の行動は目に余るが勉強に関しては本当に感謝している。
最初の頃の天使な知成さんはどこへ行ったのやら。
今は天使と小悪魔が交代で出てきている感じだ。
……って、知成さんはよくて。
問題はどうやって返すかだ。
直接返せば、もう私は女子の妬みの糸で締め殺されるだろう。
一番有効な方法は、朝一に学校へ行って、彼の机の上に置いておくこと。
紙袋の中にメモでも入れておけば、誰にも妬まれることはない。
勿論、名前は書かずに。
皆は部活の朝練があるはずだし、失敗する確率も少ない。
……よし、これでいこう。
まあ、その後は屋上とかでやり過ごそう。