交錯白黒
コンコン
片手に花を持ち、恐る恐るノックした。
「はーい」
いつもの、千稲ちゃんの声。
くぐもって聞こえるのはきっとドアのせいだろう。
「千稲ちゃん?」
「天藍ちゃん……!」
言葉の隙間に息を呑む音が聞こえた。
小さな瞳を飾る睫毛が小刻みに震えている。
やっぱり……。
「来てくれてありがとう〜!」
太陽のような輝きを放つ笑顔にほっ、と息をつき、彼女へ近づいた。
「はい、これ。お見舞い」
お見舞いの花は、千稲ちゃんの好きなカキツバタ。
私も嫌いではない。
アヤメ科で濃い紫色をしており、正面、左右と楕円形の花びらがそれぞれついている。
素朴で森や自然を思わせる花であるが、見舞いではあまり見ないかもしれ無い。
「わぁ、カキツバタだ〜!ちーな、これ好きなんだ〜」
瞳にありったけの光を集めて、きらきらさせる千稲ちゃんが愛おしい。
「……でもちーな、これ好きって言ったことあるっけ?」
「あ、あはは……」
ズキリと心臓の傷口が開きつつ、愛想笑いを浮かべた。
千稲ちゃんは千稲ちゃん、世界で唯一の存在。
誰かの代わりなんて、この世にいやしないのだから。
「遥斗が言ってた通り、元気そうで安心した」
なるべく、私の瞳が剣の形にならないように目尻を下げた。
何度も切り刻んでしまって、血に塗れたこの剣はもう封印しなければならない。
「え……?はるくんが……?」
……え?
千稲ちゃんの明らかな動揺に自分の言動を再生する。
でも、引き金が見つからない。
「千稲ちゃん……?」
「ちーな、はるくんに言った。天藍ちゃんを病室に来させないでって」
「え……何、で?遥斗そんなこと……」
あのキラキラの太陽が、強めの風に押されて来た黒雲に隠れてきているようだ。
「でも、天藍ちゃん来たから、はるくんからまだ聞いてないかと思ったのに」
黒髪が丸い顔を覆い、表情は読み取れないが声は、暗かった。
「ど、ういうこと?」
「だからぁ!」
喉がかっ切れたような甲高い叫び声。
何かが足りなくて必死に藻掻いている様子で、その何かが分からない自分が不甲斐なかった。
「天藍ちゃんには来てほしくなかったの!だって、だって、そうしないと、ちーな、絶対こんな風になるって、わかってたのに……」
湿っているけど掠れているような、不思議な声に私の動悸が収まらない。
手汗がべとついて気持ち悪い。