願いを超えたその先に






――嫌な夢だった。




考え事するうちに眠っていたみたいだ。


辺りはもうすっかり暗くなっていて
夜空には大きな満月が浮かんでいる。



水でも飲むかと、起き上がり
ついでに背中をぐーっと丸めて
身体を伸ばす。


そしてそのまま、お社の横にある
手水舎(ちょうずや)に向かった。


ここは湧き水が出ているらしく
誰も来なくなった今でもチョロチョロと
水がでている。


わたしはいつものように水が滴っている
ところに近づき水を飲む。


二、三度水を舌で掬った時
ふと、視線をずらすと手水舎から
細く水が流れ出ているのに気づいた。


流れた水を目線で追っていくと
少し窪んだところに流れ着いて
そこで水溜まりを作っていた。


その水溜りは不思議とキラキラしてみえて
気になったわたしは水溜まりに向かって
歩いていた。


近づいて覗き込んでみると
ちょうど水溜まりの上に満月があって
それが水面に映っていた。


そして、それと同時に映り込む自分の姿。



“はぁ…”




ふいに見てしまった自分の姿に
思わずため息をつく。



なんでわたしだけ真っ白なんだろうか。

こんな姿じゃなければ…





“わたしも兄妹たちと同じように生まれて
きたかった。お母さんにたくさん甘えて
頭を舐められたかった。あの猫のように
人間に可愛がられてみたかった…

なんでよ、なんでわたしだけ?



わたしは、わたしは…独りなのが嫌…

寂しいよ、ずっとひとりぼっちなんて。


ずっと昔から、心に穴が空いてるみたいに
何をしてもつまらない。


お散歩も、お昼寝も全部独り…




誰か、誰でもいいから…

誰かと一緒に過ごせますように…!!”





…なにやってるんだろ。



水溜まりに映る月と自分の顔を見ていたら
つい思っていたことを吐き出してしまった。



こんなこと思って
どうにかなるわけじゃないんだ。



“はぁ…”



もう一度ため息をついて、
手水舎の方に戻る。


もう1回水でも飲むか、と手水舎に着いた時
何か気配を感じた。




コツ…コツ…コツ…



耳を澄ませると、お社へと続く階段を
誰かが登ってくる音がする。


こんな夜遅くに誰だろう。
昼間だって人なんて来ないのに。

荒らしに来たとかじゃないよね…?
わたしの、わたしだけの場所だったのに…


わたしはそんなことを思いながら
手水舎の影からお社の方を覗く。



階段を上がってきたのは、
若いスーツ姿の男の人だった。

手には黒い鞄とレジ袋をさげている。



その人は真っ直ぐお社に向かって来て
足元に荷物を置くと、鞄から財布を取りだし
チャリンとお賽銭を投げて
頭を二度下げた後、静かに手を合わせた。


しばらく手を合わせた後、再び頭を下げる。



こんな遅い時間にお参りに来たんだ…

この神社でちゃんとお参りをしている姿を
見たのは初めてかもしれない。


意外に思って、再び視線を戻した時
思わず飛び上がりそうになったのは
男の人がお社に上がり込んで
わたしの定位置に座っていたからだった。


そして、男の人は袋の中から
おにぎりを取り出して
何食わぬ顔をしながらそれを食べ始めた。



え?なんなんだ、この人は。
もしかしてここに住む気なの?


わたしの寝るところは…?



あまりに突然のことでポカーンと
してしまった意識を元に戻す。


わたしは、そう簡単に譲ってなるものかと
意を決してゆっくりと男の人の元に
近づいていった。


男の人は、ちょうどおにぎりを食べ終わり
視線を上げたところでわたしを見つけた。


「あ…」


男の人が小さく声をあげるのと同時に、
わたしの足も止まる。


やっぱり少し怖くなって
後ろに下がろうとした時、



「お前も…ひとり?」



男の人から低くて優しい声が聞こえた。



「おいで」



そういって男の人は手を差し出してきた。


これは…罠か何かだろうか?


少し警戒したけれど、
男の人はわたしが来るのを手を伸ばしたままじっと待ってくれている。


わたしは、男の人の声や仕草から出る
優しい雰囲気に飲み込まれるように
伸ばされた手に擦り寄った。


「おっ…きた…」


そう言って男の人は
わたしを優しく撫でてくれた。

煮干しをくれるおばあちゃんとは違う
大きくて少し冷たい手。



その手が不思議と安心できて
撫でられたのが嬉しくて
わたしはそのまま男の人の隣に座った。

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