でも、さわりたかったよ


あの日、終業式のあの日、雨の中自転車で下校中だった先輩は、トラックにはねられて死んだ。


激しい雨でただでさえ視界が悪い中、赤信号で誤って横断歩道に入り、引き返そうとしたものの傘を差しながらの片手運転だったせいかバランスを崩した。



黙とう、という号令の中、みんなが頭を下げて体育館の中が静寂に包まれた。

後ろの方では誰かのすすり泣く声もしたし、前の方では隠れて足を踏み合っている男子生徒も見えた。


私は叫び出したくなった。先生、違うんです、信号を間違えたのはきっとそうだけど、先輩には急いで帰らないといけない理由があったんです。


だって先輩がはねられた時、一つの傘は開いていて、一つの傘は閉じていたんです。

< 29 / 78 >

この作品をシェア

pagetop