北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「チェストはダメですよ。お母さんが使われてたものじゃないんですか?」
「凛乃が使ってくれるんなら捨てないで済む」
 累からするりと離れて、凛乃はブルーグレーのチェストに近づいた。
「十代のころにバイトして買ったんだって、ロココっぽいからって。もう実際アンティークだけど」
 両膝をついて抽斗を開ける凛乃を、ベッドに腰かけて見つめる。
 凛乃はポールハンガーや座椅子に触れて、状態を確かめている。ただの古ぼけたオブジェだったものたちが、次々と息を吹き返すように思えた。
 家具だけじゃない。凛乃が来てから、この家は色を取り戻して、音を響かせ始めた。吹き抜けて埃を払うだけの風じゃなく、深呼吸したくなるような空気が流れるようになった。
「お借りします」
 遠慮がちな凛乃に、累はうなずいてみせた。
「なんでも使って」
 手を差し出すと、承諾するように凛乃も手を重ねた。それを引き寄せて、隣に座らせる。
「家具とかほとんどないんで、ほんとに助かります」
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