独占欲に目覚めた御曹司は年下彼女に溢れる執愛を注ぎ込む
「……懐かしい」

父が倒れる半年前までは、定期的に書いていたアイデアノート。

お店の営業が終了してから、葵は新作開発のために残って、その記録をこのノートに書き写す。

いつかこのお店を継ぐ日のことを考え、試行錯誤してる時間が好きだった。

(でもこれも、今日でおしまい。きっぱり捨てる方が自分のため)

パサッとノートを燃えるゴミの袋に入れて、再びディスクに視線を戻す。

『俺、葵ちゃんが作った和菓子、好きだよ』


ふいに蘇ってきたあの人の言葉に、熱いものが込み上げてくる。

(忘れるんだ、忘れるんだ)

しかし意識とは裏腹に視界が滲み、一粒の涙が頬を伝う。

(なんでこうなっちゃうんだろうな。お父さんも私も頑張ってきたのに……それに……。
もう須和さんと会うこともないんだ)

顔を上げて、窓の外を見る。

少し離れて見えるのが、高層ビル群の中でも一際存在感を放つ、地上六十階建ての高層オフィス。

あのどこかにいるかもしれない“須和さん”。



(でも、こんな変わっちゃったお店を見られるよりはよかったのかもしれない。

須和さんの記憶の中では、賑やかで明るいお店として覚えてもらいから)

葵は目に滲んだ涙を、グイッと手の甲で拭った。

ガラス越しに見えた空は優しい水色とオレンジでグラデーションを作っている。

一斉に解き放った高層ビルの光がキラキラと輝いて、眩しく店の中を照らした。

< 3 / 209 >

この作品をシェア

pagetop