傷つき屋
震える手でスマホを握りしめ、電話番号を探す。
人差し指が小刻みに揺れる。
コール音が鳴る。出ない。コール音がやまない。
「なあにー、もう!」
母親が濡らした布巾を絞って机を拭き始める。
真っ白な脳を抱え、俺は、へたりと椅子に座り込む。
びびった、と不気味そうに妹がこぼす。
俺はふらふらになりながら脇に鞄を抱え、リビングを出ようとした。
「もおー。これ食べないの?!」
母の不機嫌な声が遠くに響く。遠くに?
足の指先が寒さにかじかんだようにじんじんと痺れる。
「もう、アキオ、待って」
唇まで震えるのを感じながら、俺はゆらゆらと振り返った。
すべてがスローモーションのようで、景色がついてこない。
母親が巾着に包まれた弁当を胸に押し付けてきて、テスト頑張ってね、と微笑んだ。
母親の肩ごしに、妹がテレビのチャンネルを変えた。
画面はぱっと切り替わり、今日の血液型占い~!とキンキンとした声が飛ぶ。
何もかも、遠い。ここじゃないどこかの色や、どこかの音のようだった。
膝がぐにゃぐにゃと重心を失くし、立っているのがやっとだった。