エリート脳外科医の溢れる愛妻渇望~独占欲全開で娶られました~
 貴利くんは白衣の胸ポケットに手を入れると、赤色のストラップのついた小型の電話機を取り出して耳に当てた。


「――はい、郡司です……わかりました、すぐに行きます」


 短いやり取りのあと通話を終えると、貴利くんは小型の電話機を再び戻しながら視線を私に向ける。


「さっきの救急患者のコールがきたから」


 行ってくる――そう言い終わらないうちに貴利くんは私に背を向けると、白衣の裾を翻しながら走り去ってしまった。あっという間にその姿が見えなくなる。


『俺は――』


 貴利くんは私に何を言おうとしたのだろう。すごく気になる。

 彼が走り去っていった方向を見つめながら考えるけれど、考えたところでわかるはずもなく、私は頭をぶんぶんと振った。

 忘れよう。不意に抱き寄せられたことも、彼が何かを言い掛けたことも――。

 きっと今頃、貴利くんは救急車で運ばれてきた患者の処置をしているのだろう。どんな状態で運び込まれたのかはわからない。

 でも、どうかその人が無事でありますように。その人の家族が悲しい思いをしませんように。貴利くんが助けてくれますように。

 祖母を亡くして悲しんだ自分を思い出しながら、顔も知らない患者さんの無事を祈って、私は港町総合病院を後にした。



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