蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜


フード系の出し物を選択したクラスは
全て広い学食内で屋台村と称した持ち場を作っている


それ以外は各教室を使っているから
パンフレット片手に進む


「蓮は何がいい?」


手を繋いでいたはずの大ちゃんとは
廊下を歩く人の多さに肩を抱かれて
スッポリと腕の中に収まっている


包まれる大ちゃんの香りに
緩みそうになる頬を堪えて見上げれば

首を傾けた大ちゃんがオデコに口付けた


「「「キャー」」」


驚きより遠巻きの女の子達の悲鳴が勝って肩が跳ねる

それもこれも大ちゃんの人気が高い所為なんだけれど

当の本人は涼しい顔をしているから
膨らみそうになる頬も萎んでしまう


「お化け屋敷行こうか」


不意に立ち止まった一行の目の前で
恐ろしい程血濡れたお化けが手招きしていた


「・・・・・・む、り」


あまりの怖さに足が動かないのに

お構いなしに大ちゃんに連行される


「え、ちょ、ま、って」


慌てる私の視界の隅に

同じように固まる琴ちゃんと優羽ちゃんが見えた


「待ってーーーーー」


断末魔の叫びも届かないまま引き摺り込まれた暗闇

小さな懐中電灯一つ渡されただけの頼りなさに

抱かれていた身体を回転させて大ちゃんにしがみついた


「蓮、大丈夫だから」


胸の中からも響く大ちゃんの低い声に
頭を左右に振るだけで精一杯


「作り物だよ?」


何が楽しいのか笑い口調の大ちゃんは
背中をトントンと叩いて


「行こう」と意地悪を言う


「ギブアップ・・・したいの」


少し顔を上げて顔を見るけれど
暗闇の所為で大ちゃんの表情が見えない


「蓮、入ったところだよ?」


「・・・・・・無理」


入ったところだろうが
入場料の百円が無駄になろうが
この際、此処から出られるなら全然いい


「じゃあ、出るなら何か約束して」


「え?いいの?」


「うん、蓮は出たいんでしょ?」


「出たい」


「じゃあ、約束」


「約束?」


「今日は蓮は『ノー』と言えない日」


そんなことでいいならお安い御用だ


「分かった、約束する」


「じゃあ、出よう」



そう言って四歩入っただけのお化け屋敷を出た私は

「怖かったね」と眉を下げて涙を拭ってくれた大ちゃんが

本当は笑っていたなんて


知らなかった



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