蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜


side 大和



『完璧過ぎ』


蓮の視線を感じながらも
目覚めていることは内緒にしようと画策する狡い俺


僅かに離れた隙間を埋めるように腕の中に収まる蓮を抱きとめながら

もう少しこうしていたい手は蓮の背中を宥めるように動いた


『フフ』と小さく聞こえた笑い声


その耳心地の良い声に
ゆっくりと意識を手放す


次、目覚める時も


どうか腕の中に愛しい蓮が居てくれますように




そう願った“幸せ”な想いは過去に飲み込まれる




・・・





蓮を腕の中に収めて眠ったのに



夢に出てきたのは



辛い・・・過去だった




□□□




『・・・坊ちゃん』


庭師の豊田は毎日のように此処に来る俺を複雑な顔で迎える


母さんの趣味の花が一年中庭を彩るのは豊田のお陰


その中でも東屋の近くにある池には
蓮《ハス》の花が一年に僅かだけ見られる

俺の部屋からも見える
蓮ちゃんの大好きな場所だった


・・・過去形だ


ある日突然、蓮ちゃんの瞳は俺を映さなくなった


近付きたい


話したい


理由を聞かせて欲しい


膨らむ思いと裏腹に


あの冷たい視線を合わせて
正気でいられるかどうかがわからない


そんな蓮ちゃんが大好きだった場所で
蓮ちゃんに縋るように

蕾を眺めていた


午前中しか咲かない蓮は
学校から帰ると蕾になっている

ただ・・・

その生涯を終える時だけ
閉じられることなく開いたままの花を見せてくれる


『坊ちゃんの帰る時に咲いている花は
明日にはもうその役目を終えます』


質問していないのに
豊田は隣に座るとそんな話を始めた


お庭の池は瓢箪形で
ちょうどくびれの辺りで仕切られていて繋がってはいない

大きな方は鯉が泳ぐ池だけど

小さな方は泥のある沼のようなもの
その沼地に蓮の花はある

大きな葉と薄桃色の綺麗な花は
その美しさと対照的に

見えない部分は泥の中


『ずっと蕾のままなら良いのに』


『そうしたら毎日綺麗なお花が見られますね』


『・・・あぁ』


毎日綺麗な花を咲かせるには
蕾のままで居なきゃいけない


『大ちゃん』


毎日綺麗に笑ってくれていた蓮ちゃんは


間違いなく


蕾だった















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