蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜



じゃあ


俺を映さなくなった蓮ちゃんは枯れてしまったの?



ふっくらと丸い蕾を眺めながら
蓮ちゃんのことで頭がいっぱいだった



『ハスは花に蜜がないんですよ』


『蜜?』


『そう。でも、ちゃんと香りはする
近付かないと無理だけど
凛とした花に相応しい香り』



どうしても


その香りを確かめたくて


翌日



『今日は休む』


学校をズル休みした



そして・・・



『ぼ、っちゃ、んっ』


オロオロする豊田を無視して

泥の中へ入った俺は


全身泥まみれになりながら
咲き誇る蓮の花へと近づいた


「・・・っ」


蓮ちゃんの頬みたいな綺麗な色

その花に視線を奪われる


そして・・・


そよぐ風の中に
求めていた匂いを感じた刹那


『・・・っ』


ギュッと胸が苦しくなった


『・・・蓮、ちゃん』


間違える訳ない


いつも、いつも側に居たんだから


間違える筈がない


この甘い香りは


蓮ちゃんの香り



『大和』


いつの間に近くに来ていたのか
母さんの声に振り返ると



『蓮ちゃんが産まれた日
百合さんの耳にロシアに居るはずの
おばあちゃんの声が聞こえたらしいよ
“蓮《ロータス》”ってね』



蓮ちゃんは蓮の花なのか


美しくて儚いその姿


優しくて甘いその香り


蜜はないけれど


蓮ちゃんのことだけを想い続ける俺は

蜜に溺れた虫なのかもしれない



『大和。諦めないであげてね』



泥沼に浸かる俺を助ける訳でもない母さんは

それだけ告げると背を向けた


『諦める訳ないよ』


だって・・・







“おやくそく”したんだから





“おやくそく”は“ぜったい”なんだから






















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